「プレッシャーを表に出さず選挙に打ち勝つ過程とは…」

「プレッシャーを表に出さず選挙に打ち勝つ過程とは…」

サラリーマンとしての退職を引き留められながらも、正義感から市議会議員として地元に貢献したいと53歳で一念発起し、新人で当選、現在3期目を務める木村さん。「3期目だから当選して当然」という周囲の期待と精神的なプレッシャーも大きい中で行った選挙戦の話を伺いました。

インタビュー内容

    今までのご経歴を教えてください。

    高校卒業後、農水省の農業関係の事業所に就職し、53歳で早期退職をしました。仕事の立場上、職場からは「辞めないでくれ」という言葉をいただきましたが、当時の議会に我慢ならない不満があり、市議会議員に立候補しようと考え、早期退職の道を選びました。昔はサラリーマンなどとして働きながら市議会議員をする議員もいましたが、現在の地方議員に求められる仕事は、二足の草鞋を履いてできるものではないと思っていましたので、早期退職して議員一筋で選挙に挑むことにしました。そして徐々に市民の皆さまからの信任を得て現在3期目を務めています。

    当時の議会にどのような不満があったのでしょうか。

    私が住む埼玉県幸手市は、人口5万人規模の小さな都市ですが、議会を見ていて、市民が不幸だと思いました。とにかく議会にまとまりがなく、市長批判派議員もいれば、賛成派議員もいて、市長提出案件などが成立せずにいつまで経っても議論が割れ、前に進まないという状況でした。市民からすると、市民を無視した議会に見え、これでは幸手市の市民の生活が良くならないのでは、と考えたのが立候補したきっかけです。

    誰かから勧められたのではなく、最初はご自身で立候補を決めたのですか。

    実は30代の頃、地元の方から「立候補しないか」と2度、お声がけいただいたことがありました。しかし当日はまだ子どもも小さく、仕事でも大きな責任を任され、面白かったこともあり、また経済的な理由もあり、その時は辞退しました。それにその頃の議会は、私が1期目に立候補するよりもうまく運営されていて、比較的スムーズに市民の声が反映されるような組織でした。ところが私が53歳の時、もう当時の議会は見ていられないと感じました。議会の低迷が一番のボトルネックでしたが、人口の減少も甚だしかったのも理由です。幸手市のピーク時の人口は58,000人程度でしたが、どんどんと若い人が東京に出て、今では52,000人を割り切るほどにまで減少しました。幸手市は観光業でより多くの人を呼び込めるはずなのに、商店街もシャッター街となり、寂れて行ってしまう。私が声を上げ、政策を打ち出して、この町をもっともっと活かさないといけない、という使命感がありました。1期目はまだまだ新人でできることも少なかったですが、3期目の現在、市民の皆さまからの信任をいただき、政策を推進し続けています。

    3期目の出馬にサポートする方はどのくらいいらっしゃったのですか?

    3期目の出馬の際はかなりサポートしてくださる方々も増え、その年齢層は様々で、30代から80代までの方が応援してくださり、心強かったです。3期目の選挙対策では、20代から80代の女性による女性組織を結成し、女性票の掘り起こしも行いました。

    出馬するまでの準備はどのように進めていきましたか。

    3期目の出馬時は現役の議員でしたので、議会そっちのけで選挙活動をすることはできません。最優先は議会であり、市民のための活動。そのため、準備にあまり時間をかけられなかったのが正直なところです。そこで非常に頼りになったのが、マテリアさんでした。1期目の出馬の時から依頼し続けているのですが、3期目もリーフレットやポスター作成などをマテリアさんにお願いし、こちらのイメージを伝えるとスムーズにデザイン案などを出してくれるので、大きな時間短縮になりました。担当の方が真摯に対応してくれましたし、コミュニケーションも円滑に取れ、また過去のデータもすべて残しておいてくれているので、今ではなくてはならない存在です。また私は貴社の田村代表の講演会にも何回か出席したことがありますが、「この方なら信頼できる」と感じる、カリスマ性を持った人です。1期目から現在の3期目まで依頼していますが、今後も引き続き、依頼しようと思っています。

    3期目の選挙活動で重視したポイントは何ですか。

    とにかく地域の方、世間の皆さまに顔を知っていただき、覚えていただくことを重視しました。そして対話形式で、たくさんの方々とお話をしました。現代ではSNSなどを使った選挙戦もありますが、地方都市ではまだまだ現場に顔を出して、一人ひとりの有権者の方と対話することを私は大切だと思っています。自分の名前を書くのも大変なのに、投票所で私の名前を書いていただくことは並大抵のことではないと考えています。「本当にこの候補者は信頼できるのか?」と疑心暗鬼になる方もいて当然です。しかしただ私は、地元や地域を最優先に、何か問題があればすぐに駆け付け、時間をかけずに解決することをモットーにしています。特に3期目はその姿勢が評価されたのであれば、良かったと思います。おかげさまで獲得票数が1期目よりも250票、2期目よりも125票も多くいただくことができました。着実に上がってきているのは、市民の皆さまの信任を得られていることととらえ、より地元に貢献する政策を進めていきたいと考えています。

    これから選挙用品を揃える方にアドバイスをいただけますか。

    私は若い方にもっともっと出馬してほしいですが、選挙用品を揃えるにはある程度戦略が必要だと思います。ただやみくもに労力を使い、様々な媒体や素材を検討し、用意してしまうと一貫性がなく「この人誰?」と思われることにもなるからです。立候補するまでにポスターやリーフレットなど、色々な選挙用品が必要ですが、初めての出馬ならなおさら、よっぽどご自身で勉強して知識をつけていなければ、制作するのに挫折してしまうと思います。そのためまずはプロであるマテリアさんなどの、選挙用品の制作を専門としている会社を頼れば良いのではないでしょうか。

    選挙活動中、心に残ったエピソードはありますか。

    駅で早朝に立ち、街頭演説をしながら、市民の皆さまに「行ってらっしゃいませ」という声かけをしているのですが、3期目の選挙活動の時、お茶を下さった方がいらっしゃいました。有難いことに1期目より「がんばって」とお声をくださる方はいましたが、お茶を差し出してくださるなんて、思ってもみないことでした。ほかにも1期目より2期目、2期目より3期目と、声をかけてくださる方が非常に増えたことも嬉しかったです。

    選挙活動中につらかったことや、失敗はありましたか。

    公職選挙法の戸別訪問禁止などには十分配慮した方法で、多くの方にご挨拶したかったのですが、度々イレギュラーなことが発生し、あまり多くの方にご挨拶できませんでした。3期目はもちろん議員活動をしながらの選挙戦のため、想定よりも選挙活動を積極的にできなかったことは失敗だったと思います。また、選挙戦に入る前は毎回胃が痛くなります。ネガティブな考えに陥り、自分が3期目を迎えるにあたって信任されていないのではないか、などを考えてしまいます。精神的なプレッシャーに押しつぶされそうになることもあります。しかし、良くも悪くも、市民の方は、私の言動をよく見てくださっています。私は市民目線を最も重視しており、何かあったらすぐに現場に急行して対応するという姿勢を持ち、政治活動をしています。その姿勢を見てくださっているはずだと自分を奮い立たせて、ポジティブに考えるようにして選挙戦に挑みました。

    プレッシャーを跳ね除け、選挙の最後まで心がけたことはありますか。

    選挙期間の中間くらいまで、候補者としてだけではなく、選対本部のリーダーとして、非常に神経を使います。なぜなら、自分の気持ちや緊張感が緩めば選対本部も一気に士気が下がるからです。そのため選挙が終わる最後の最後まで緊張感を維持したままで、選挙戦を戦うようにしました。

    将来市議会議員を目指す若手政治家志望者にメッセージをお願いします。

    何か問題認識が生まれた時「なぜこれが解決できないのか」ということにとことん向き合うと、自分が力を尽くして関わらないと解決できない、ということが見えてきます。その志を高く持って、何とか30代くらいの若い世代の方が政治家に挑戦してもらいたいと思います。新人があまり出馬しないのは、今や日本全国の課題です。町のことは自分以外の誰かに任せておけば良い、という方が増えたような気がしています。もちろん、30代はお子さんの教育費やお仕事、生活が大変だということも理解しています。しかし、問題意識があるのであればぜひ挑戦してほしいです。一人で戦うのは限度があるので、友人や同級生、地域の有力者や支援者を味方につけ、マテリアさんなどの業者も活用しながら進めれば、自ずと道も開けてくると思います。

    今後取り組みたいことを教えてください。

    取り組みたいことは、本当にたくさんあります。中でも、現在幸手市の観光業を支えているのは、権現堂桜堤という場所の美しい桜です。昭和から幸手桜まつりは開催されるようになり、先日も第89回幸手桜まつりが開催されましたが、16日間で国内外の方が約1,097,000人も訪れました。しかし最寄駅から桜堤まで約2kmもあります。高齢者の方も増えていく中で、2kmもの距離を往復するのは大変な負担ですので、権現堂堤の近くに駅を作るよう、今後、国・県・鉄道事業者に働きかけていく予定です。また以前に比べると市街地もシャッター街が増えました。現在あらゆる施策を講じていて、空き店舗の利用が徐々に増えていますが、行政に意見を申し上げて、より加速させていこうと思っています。

    お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

    【編集後記】
    選挙の勝因は「自分一人の力ではなく、皆さんの力。この人を当選させるんだ、という後援会、事務所組織のまとまりのおかげ」と語る木村さん。その組織のリーダーとして怠けないこと、全力で、一生懸命結果を出し、支援してくださった方を絶対に裏切りたくないという熱い思いで選挙戦を戦われた木村さんからは、強い意志と高いリーダーシップを感じました。地元に対する問題意識を高く持つ木村さんだからこそ、幸手市がより住みやすく、活気ある町にしていくことを実現できるのではないでしょうか。